都会の自然に囲まれたアート空間 札幌の中心部から少し離れた小高い場所、森や沢が点在する閑静な住宅街に「ギャラリー門馬&ANNEX」がある。2003年、それまで札幌の若手現代美術家の企画展が行われていた場所に開設されたギャラリーである。二階建て住居の内部を開放的に改築した空間は、切れ込む沢とそこから伸びる大木に守られるように存在する。 併設の小ギャラリーは元物置だった場所を改築・増設、ANNEXと名付けられた空間。札幌の建築家赤坂真一郎(1)の設計。大きなすりガラス越しの自然光、沢の緑に向かって細長く伸びる真っ白な空間。冷暖房設備はなく、密閉性もない。 「ここは我々が普段過ごしている『環境を人に合わせる』空間ではなく『環境に人が合わせる(影響される)』空間なのである」(2)。
都会の喧騒から個の暮らしを守る黒田邸 札幌中心の電車通り沿い、オフィスビルや商店が細かく立ち並ぶ賑やかな場所に建つ黒田家住宅。主屋、蔵、表門、石塀が、2010年に国の登録有形文化財に指定された。大正15(1924)年建築。現在も黒田家の住宅であるため、一般の見学は外観のみであるが、私は、黒田家の御子息と趣味を通じて個人的な知り合いであり、文化財に指定されるより少し前に庭に伺ったことがある。一際目を引く重厚な外観にも圧倒されたが、庭の静寂にも驚いた。石塀があるからだろうか、外の喧騒をほとんど感じないのである。外部と完全に切り離され、人が暮らすために作られた空間。その中で、樹々も、土も、草花も、長い年月をかけて手入れをされ育まれている。
自然と所有と この二つの建物で対照的なのは、外界の環境の取り込み方と、空間における自然物の位置付けの違いであろう。ギャラリー門馬&ANNEXは、外界から取り入れる情報〜太陽光、樹々のざわめき、風、温湿度〜を建物によってコントロールすることで、その息遣いを、より際立たせ、より想像させる。一方、黒田邸は、外界の情報〜行き交う人々、電車や自動車の喧騒、立ち並ぶビル群〜を、高い石塀と石蔵と家とで遮断し、その中に豊かな自然を作り出している。 ここでふと頭に浮かぶのは、「空間は誰のものか」という問いである。本科目のテキスト『空間に込められた意思をたどる』の中の言葉だ(3)。黒田邸は、第7章の「臥龍山荘」に似て「空間が影響を与える範囲とそれを所有する人とが(p97)」ほぼ一致している。しかし「空間」を「建物」と置き換えた場合、その影響する範囲は所有者だけではない。文化財として登録されているため、空間は個のものだが、建物は公に開かれている。 一方のギャラリー門馬は、建物の所有者は個人だが、空間は公に開かれている。展示物や展示の企画者よって内部はいくらでも変化するし、展示会開催中は基本的に誰でも自由に出入りできる。その影響の及ぶ範囲は広いが、建物は所有者の一存で取り壊しも自由だ。現にこのギャラリーは2020年、建て替えのため取り壊された。 このふたつの建物の間には、「環境・自然と人との関係性」という視点の対称性に加え「空間と建物は誰のものか」という問いも交錯し、「建物の存続」という意味でも重要な示唆を与えてくれる。
註 (1)赤坂真一郎 http://www.akasaka-atelier.com/profile (2021年8月24日閲覧) (2)ギャラリー門馬&ANNEX アネックスについて http://www.g-monma.com/about_annex(2024現在はページ存在せず) (3)川添善行著 早川克美編『私たちのデザイン3 空間に込められた意思をたどる』、芸術学舎、2014年) (4)文化庁ホームページ 有形文化財(建物) 登録の抹消について https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/massho/index.html (2021年8月24日閲覧)
参考文献 ギャラリー門馬 http://www.g-monma.com/about_monma(2021年8月21日閲覧) 文化遺産オンライン 黒田家住宅主屋 https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/168648 (2021年8月20日閲覧) 文化遺産オンライン 黒田家住宅蔵 https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/223879 (2021年8月20日閲覧)
ギャラリー門馬 会場内の様子 2019年5月個展開催時撮影
ギャラリー門馬&ANNEX 会場内の様子 2017年5月個展開催時撮影